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2007年10月 2日 (火)

大洲和紙

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一年に一回の買出しに、愛媛県の内子へ“大洲和紙”を求めに行きました。

仕事柄一筆を書くことが多いのですが、いつの頃からか書く紙は大洲和紙の便箋となり、そして一年に一回買い出しに内子に行くようになりました。

良質なこの“大洲和紙”は美しく、書き心地も筆先が滑りすぎず、かといって滲まず、字を書くのが楽しくなるような和紙です。

(チラッと聞いたのですが、お札の紙は大洲のものだとか・・・、間違っていたらごめんなさい。)

手持ちの便箋や一筆箋が少なくなっていくと、とっても不安になってくるのです。

そうすると“いつ、内子へ行こうかしら”と、ワクワクとしてきます。

内子は古い町並みが残り、和ろうそくの原料で栄えた豪商の名残もそこかしこに見ることができる、古いものが大好きな人にとっては興味深いところです。

そのような古い民家や、うだつ、外壁に彩られたこて絵を見るのが好きなものですから、“紙を買いに行かなくちゃ”と思うと、ワクワクしてくるのです。

でも、この度は内子は大洲和紙を買うだけにして、伊予と土佐の国境にある松野町の“松丸”を見学に行きました。

松丸とは、宇和島と高知県中村市を結ぶ街道“松丸街道”のかつての宿場町で、かつては大変賑わっていたそうです。

今ではその名残を感じるのは一部でしかなく、街道を挟むようにあった古い家も片側が解体され更地となっていました。

少しさみしい光景でしたが、それでもゆっくりと通りを歩いていくと、坂本竜馬が生きていた時代の宿場町の繁栄振りを感じることができます。

(ちなみにこの松丸街道は、幕末に、坂本竜馬が土佐からこの松丸街道を通って宇和島へ入り、宇和島藩の若い武士に脱藩を促したと言われています。そんな歴史の舞台ともなった街道です。)

大きな作り酒屋とその白壁や大きな蔵、街道沿いの立ち並ぶ家の軒下の手の込んだ細工。

そんな通りを眺めながら、幕末の街道の風景を一生懸命想像しようとしてみます。

人の賑わいはどんなものだったのだろう、街道に漂う匂いは、どんな旅人が歩いたのだろう、そして竜馬も・・・。

でもわたしの知識では、想像も空しい結果に終わってしまいました。

大洲和紙を買いに行き、そして歴史に触れることができた、楽しい一日でした。

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コメント

tenoldさん、こんにちは。愛媛県の四国中央市だったかな確か製紙工場が集まっている所ですよね。高速から見えたように思います。四国の高速はなんだか大分の高速と似ています。tenoldさんはほんとうに素敵な感性をお持ちですね。その土地の歴史やかつて人々が行きかった路地やまち並み坂本竜馬!やはり高知ですね。素敵な買い物が出来てよかったですね。私最初にtenoldさんの字を見たときからこの人はきっとお習字ですごい腕を持っているに違いないと思いました。字の綺麗な人はかっこいいです。

投稿: 真由美 | 2007年10月 3日 (水) 15時43分

いえいえ、本当にお恥ずかしい限りの悪筆で、どうにかせねばと常日頃感じています。
でも大洲和紙は、本当にいい和紙です。
そしてお安い!
文房具屋さんで売られている和紙の便箋の、半値ほどで買うことができます。
松丸もおもしろい町なのですが、古い町並みで言うとやはり“内子”です。
今度機会がございましたらぜひ、内子散策をしてみてくださいませ。
内子は、八幡浜から香川県に向かうときの通り道です。

投稿: ten old | 2007年10月 3日 (水) 17時43分

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